|刊行情報|「 人間とは食べるところのものである」 ―「 食の哲学」構想― 河上睦子 /著

フォイエルバッハの「食の哲学構想」の解読を基礎に、現代日本の食の世界が抱えている諸問題を考察する。


目次

第Ⅰ部
フォイエルバッハの「食の哲学」

第1章 「食の哲学」への道程
第2章 「身体」と「食」の構想
第3章 「食の哲学」入門―フォイエルバッハを参考に「食と宗教」について考える―
第4章 ルードヴィヒ・フォイエルバッハ『犠牲の秘密、または人間は彼が食べるところのものである』(解読)
補稿:フォイエルバッハ研究の軌跡

第Ⅱ部
食と社会 現代日本の食の問題

第5章 コロナが変える「食(事)の世界」―「いのちと経済」で揺れる「食の思想」を考える―
第6章 「孤食」について哲学する
第7章 〈食〉とイデオロギー
第8章 現代日本の〈食〉の問題とジェンダー
終章 「食」のゆくえ


第Ⅰ部 哲学という視角からの「食の理論」の入り口・端緒を求めて、フォイエルバッハという19世紀の「孤独な晩年を生きた」哲学者によって始まったと思われる「食」の「哲学構想」についての理論的紹介。フォイエルバッハの「食」についての見解・理論は、ほとんどが宗教批判哲学のなかで展開されており、食だけを主題にしたものは二つの著作しかない。それゆえ彼の哲学・思想のなかでの「食」を主題化して論究したものは、これまでほとんどなかったといってよいだろう。「食」とは人間にとってどういう意味をもっているのか、人間が食することとはどういうことなのか、どうして人間は食に関して相反する決まりなどを作ってきたのか。食をめぐっての宗教的営みはどういう意味をもっているのか。そうした食に関する根源的な問いを追究しようとしたフォイエルバッハの食の哲学の思索をここでは注目したいと思う。

第Ⅱ部 現代日本の食の世界が抱える問題について考える。私たちのいのちを支える「食」は、歴史・文化・生活のなかで変化しつつも、人間の生命・生存を支える不可欠の基盤・要件として保障されねばならないものであるだろう。しかし現代社会においては、近代以降の産業化や技術化のもとで、食は地域・文化を超えてグローバルなものとなり、そのあり方そのものが変化している。食を支える生産や消費のあり方が変化し、食の世界全体が見えなくなって、「北」の「豊食・美食・飽食」と「南」の「貧困・飢餓・欠食」という対立・分断構図のただなかに置かれているといってもよい。そうした状況下では私たちにとって、食の役割や意味も不明瞭になりつつあるのは当然であろう。現代人はなぜこのような「食」の「現実」を真剣に問おうとしないのだろうか。

著者

(本書より抜粋)


著者 河上睦子 かわかみ むつこ 相模女子大学名誉教授。博士(文学)。総合人間学会理事。専門;哲学・社会思想。著書『いま、なぜ食の思想か―豊食、飽食、崩食の時代』社会評論社、『フォイエルバッハと現代』御茶の水書房、『宗教批判と身体論』御茶の水書房、『神の再読・自然の再読』(「フォイエルバッハの会」共編著、理想社等。

2022年11月1日刊
「人間とは食べるところのものである」 ―「食の哲学」構想―
河上睦子 /著
定価=本体2200円+税 ISBN978-4-7845-1597-4 46判並製272頁


*本文中に訂正がありました。以下の通り訂正し、お詫び申し上げます。

92頁9行目    Schuffenhauar  → Schuffenhauer
141頁11行目   共通性もが    → 共通性も
166頁表中3行目 「おふくろの味」」→ 「おふくろの味」
265頁エコフェミニズム        167  →  193-198

(著者紹介頁)
『神の再読・自然の再読』(フォイエルバッハの会)共編著、理想社、2004)
→ 『神の再読・自然の再読』(共著、理想社、1995)


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掲載情報

・『唯物論』第97号、東京唯物論研究会発行、書評掲載(評者 三崎和志)2023年12月

投稿者: 社会評論社 サイト

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