紹介 板橋春夫/著『生死(いきにし)』
寄稿 鈴木 英恵
本著では、身近な家族や知人の死から「死とは何か」を学び、人生の節目を祝う人生儀礼を「死の学習」と捉えている。つまり、人はこの世に生を受けてから死に至るまでの間、さまざまな人生儀礼を経験することで死へと向かっていると指摘する。
人の一生には仏教の教えにある四苦、すなわち生老病死がある。特に病は日常生活を脅かす大きな苦しみといえる。目次をみていこう。
第1部の「いのちの人生儀礼」では、『徒然草』を中心とした文芸作品から、著者なりの生死の考えをまとめている。日々の暮らしを問題なく過ごせるかの生死、九死に一生を得る生死の境、先祖と子孫の繋がりである生死である。
いずれも生死の根底には「いのち」があることをていねいに説く。
第2部の「身体と霊魂の民俗」では、名づけや箸に宿る霊魂を述べ、あわせて長寿民俗にも触れる。群馬県周辺の地域では90歳以上の人が亡くなると、喪主が会葬者に長寿銭(ちょうじゅせん)を配る風習がある。
長寿銭とは小袋に5円や100円を入れたもので、いただいた人は長寿にあやかろうと大切に保管する。今後、高齢者人口がますます増えることから、長寿に関する習俗に留意する必要がある。
第3部の「看取りと死の民俗」では、著者の独自性が発揮される。医療をめぐる民俗では、カレンダーの大安・仏滅・友引などの六曜に支配される病気見舞いや退院日を事例に、人が縁起の良い日を選ぶ心意を熟思している。
「看取りと臨終」では、現在は病に掛かると病院で亡くなるのが主流であるが、かつては治療もままならず家で亡くなる人が多かった。家族は身近な人が少しずつ死へと向かう姿を目の当たりにしながら、看病を続けて看取り、最期をともに迎えて葬儀をだした。人は家族の死を通し、自らもいずれは死を迎えることを自覚し、死への理解を深めたのである。
「病気をめぐる民俗」では、昭和30年前後の群馬県吾妻郡の山間地域を事例に、地域の人びとが村の病人駕籠で急病人を担いで、医院まで搬送する助け合いの慣行があった。著者は日常生活から「いのち」を探求し、発見する魅力を読者に用意してくれている。
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私たちの暮らしに眼を向けると、全国的に過疎化や少子高齢化が進んでいる。地域社会の基礎には、日常生活に欠かせない医療や教育、防災、福祉、交通機関、買い物などがある。
このような地域では緊急時はもちろん、日常時でも地域の人びとが試行錯誤しながら協力し合っている。たとえば、老年になると買い物や病院に出掛けたくても、交通手段がなく行動範囲に限界が生じている。このような時は、近隣の人が率先して車を運転し、送迎する相互扶助がみられる。また週に一度、食料品や生活日常品を売りに来る行商の軽トラックを、心待ちにしている人もいる。
特に医療は「いのち」に関わるので、社会と人びとの繋がりを追究する必要性がでてきた。今後は、地域社会において「いのち」を守る方法と、助け合いによる時と場所を注目していきたい。
(すずき・はなえ 現在、群馬パース大学非常勤講師)
生死 ─看取りと臨終の民俗/ゆらぐ伝統的生命観 板橋春夫/著 定価=本体1,900円+税 四六判並製 272頁
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