江口昌樹/著『拉致問題を超えて 平和的解決への提言 ─拉致・人権・国際社会』

2017年6月26日発売 * 江口昌樹/著『拉致問題を超えて 平和的解決への提言 ─拉致・人権・国際社会』

『出版ニュース』2017年9月中旬号 Book Guideコーナーで紹介されました
新潟日報2017年8月20日付け「にいがたの一冊」掲載の吉澤文寿書評「市民の交流を軸に方策を示す」で取り上げられました!

戦争の危機をはらむ朝鮮半島の
平和構築はいかにして可能か。
──国際人権法の視座からの提言。

拉致問題を超えて平和的解決への提言 拉致・人権・国際社会

江口昌樹/著
拉致問題を超えて 平和的解決への提言 ─拉致・人権・国際社会
四六判ソフトカバー・254頁・定価=本体2,300円+税


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本書は、拙著『ナショナリズムを超えて』(白澤社、二〇〇四年)で紹介した、旧ユーゴスラビアのフェミニストNGOネットワークによる、暴力的ナショナリズムとのたたかいとその教訓を、東北アジアに応用しようとしたものである。

二〇〇三年八月、旧ユーゴスラビア紛争における暴力的ナショナリズムの扇動に抗して、平和のためにたたかったセルビアのフェミニストNGO、Women in Black Belgradeのトレーナーを新潟市に招いて、「非暴力トレーニング・ワークショップ」を実施していた。

ある朝、筆者が宿泊先のホテルにトレーナーを迎えに行くと、彼女は沈痛な面持ちで英字新聞を読んでいた。見ると、その英字新聞には、「新潟の朝鮮総連県本部に銃弾撃ち込まれる」とあった。彼女は、「セルビアで戦争に反対してきた者として、ここで何かしたい。何かしなければ」と筆者に訴えた。彼女は、何か旧ユーゴスラビアが解体・紛争に行き着くプロセスとの類似性に気づいたのだろう。

筆者は「それは現実的に無理だ」と諌めた上で、「日本の暴力的ナショナリズムとのたたかいは、私たちがやる。それが旧ユーゴスラビアのNGOと交流してきた私たちの責任だ」と約束した。その意味では、本書はWomen in Black Belgrade との約束を理論的形にしたものである。

また、本書は、「あの」新潟から拉致問題の進展の戦略を発信する、という意味もある。筆者の住む新潟県は、現時点で政府認定の一七人の拉致被害者のうち一県で五人もが拉致された県である。もちろん、当時は公然とは「拉致」とは言われなかったが、横田めぐみさんが拉致された新潟市中央区の海岸付近では、他の中学校の生徒に対しても、「海岸に近づくな!」との指導がなされていたそうである。

その一方では、一九五九年に始まる朝鮮「帰国」(韓国民団は「北送」と呼ぶ)事業の帰国船が出発したのは新潟港であり、その後は万景峰号へと引き継がれ、保革を問わず朝鮮との交流が活発な地域であった。現職は除くが、歴代の新潟市長は在任中に朝鮮を一回は公式に訪れ、政治指導部と面会していた。朝鮮問題関係の講演会で、県外から講師をお願いすると、「どこから万景峰号は出るんですか」と聞かれることが多い。朝鮮に行っても韓国に行っても、新潟といえば万景峰号が連想されている。

新潟市内には在日朝鮮人一世が古くから経営する評判の朝鮮食材店があり、新潟空港に向かう道路沿いには、焼肉店が軒を並べる。第一次帰国船が出港する際に、新潟港への道路に記念植樹された柳の樹の通りは、朝鮮語で柳を意味する「ボトナム通り」の名で市民に親しまれている。この柳は新潟県に寄贈され、ボトナム通りと命名したのは当時の保守系の新潟県知事であった。また、韓国との関係では、日本海側唯一の韓国総領事館は新潟市に設置されている。

したがって、二〇〇二年の日朝首脳会談における拉致の発覚は、大きくかつ複雑な衝撃を市民に与えた。「裏切られた」という憤りと、「これまでの交流で培った人的信頼関係を断ち切りたくない」という気持ちが混在した感情であった。知人の新聞記者は、「(朝鮮政府が日本人拉致を認め、横田めぐみさんの『死亡』を伝達した)二〇〇二年九月一七日の夕方は、テレビニュースにかじりついて仕事にならなかった」と語っていた。

現在の独自制裁を振り返ってみると、筆者の周辺で「困っている」のは、朝鮮との往来が阻害されている在日朝鮮人、朝鮮との人的交流を断ち切られた市民団体であり、独自制裁という攻撃的メッセージにさらされることで、日本社会からの差別がさらに厳しさを増している在日韓国・朝鮮人である。それまでは何の問題もなかった焼肉屋で、「ここは北系か、南系か」と客に言われるようになった。

わけても、朝鮮学校の子どもたちには拉致の責任は何もないにもかかわらず、自治体からの学校への補助金が「市民感情に配慮」という理屈で停止・削減され、前述の通り「子どもの権利条約」に規定された、民族的アイデンティティを大切にする教育を受ける権利を脅かされてきた。「日本は人権先進国」と国際会議で発言した(もちろん、この発言は当の国際会議で失笑を買った)日本の公的機関が、先頭に立って、民族教育を公然と妨害しているのである。

もちろん、拉致という人権侵害はそれ自体が非難され、きちんと裁かれなければならない。しかし、日本政府が朝鮮政府に人権侵害の解決を「道義的に」要求するためには、同様の人権侵害で応じてはならず、襟を正して自国の在日韓国・朝鮮人に対する人権侵害に向き合わねばならないはずである。

言うまでもないことだが、朝鮮問題には複眼的視点が必要であり、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国の立場をバランスよく見なければならない。したがって日本国内にあっては、朝鮮総連と韓国民団の双方との交流が不可欠である。

かつて新潟県でも、日本人市民の「左」は朝鮮・総連の擁護、「右」は韓国・民団擁護という図式があったが、これは朝鮮半島の分断を日本の市民社会に持ち込むことを意味した。この図式に再び逆戻りしてはならない。

そのためにも、日本国内の以前の左右対立を知らない若い世代が、各地域でもっと交流と連帯の前面に出る必要がある。これまで朝鮮および韓国との交流を蓄積してきた世代は、その背中を押す役割に徹すべきである、と筆者も自分のこととして感じる。

※本書「おわりに」より

江口昌樹(えぐち・まさき)新潟県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。自治労新潟県職員労働組合勤務を経て新潟大学現代社会文化研究科(博士課程)修了(学術博士)。敬和学園大学非常勤講師(平和学)、新潟コリア交流プロジェクト・コーディネイター。著書『ナショナリズムを超えて─旧ユーゴスラビア紛争下におけるフェミニストNGOの経験から』(白澤社、2004年)、共著『社会党の崩壊─内側から見た社会党・社民党の15年』(みなと工藝社、2006年)


第1章 拉致問題の現在

Ⅰ.朝鮮による外国人拉致問題とは何か A:一九七〇〜一九八〇年代の日本人拉致事案 B:韓国人拉致事件(a)一九五〇〜一九五三年 朝鮮戦争時における韓国市民の拉致(b)一九五三年 朝鮮戦争捕虜送還の拒否(c)一九五五〜一九九二年 戦後の韓国人拉致および強制失踪(d)一九五九〜一九八四年 「地上の楽園」帰還運動期に日本から朝鮮へ移住した朝鮮民族および日本人の強制失踪 C:一九九〇年代から現在まで:中国での拉致 D:一九七〇年代後半:他の各国からの拉致および女性の強制失踪(a)一九七八年 レバノン人女性四名の強制失踪(b)一九七八年 マカオでのタイ人女性の拉致(c)一九七八年 マカオにおける中国人女性二名の拉致(d)一九七九年 ルーマニア人女性の強制失踪(e)フランス人女性 

Ⅱ.外国人拉致問題の膠着状況

第2章 朝鮮の人権状況と政治体制

Ⅰ.朝鮮国内の人権状況 1.COIの設置と活動(A)COIとは何か(B)朝鮮政府の非協力(C)COIの作業の方法 2.COI報告の事実調査の概要A:「成分」制度による差別 B:連座制 C:思想・信条・宗教への権利侵害 D:政治犯収容所 E:他の刑務所での重大な侵害・強制中絶 F:処刑 G:居住・移動の自由への侵害と国外渡航者に対する人権侵害 H:女性への性的暴力とその他の屈辱的行為、特に度を越えたボディチェック I:送還された母親と子どもたちに対する強制中絶と乳児殺し J:飢餓と食糧に関する人権侵害 K:女性への権利侵害 L:子どもへの権利侵害 3.外国人の強制失踪(国際法的アプローチ) 4.COIの勧告─外国人強制失踪を中心に ・朝鮮に対する勧告 ・中国に対する勧告 ・朝鮮半島関係の勧告 ・日本を含む各国およびNGOへの勧告 ・国際社会および国連に対する勧告 5.COIの勧告と日本政府

Ⅱ.朝鮮の政治体制と戦略

(附論)(a)朝鮮は「全体主義」なのか?(b)朝鮮の個人崇拝(c)ネポティズム(縁故主義)(d)先軍政治と並進路線─その必然性と意味

第3章 制裁論を超えて

Ⅰ.独自制裁論の前提を考える(ⅰ)日朝国交正常化交渉の再開(ⅱ)朝鮮国内にインテリジェンス(諜報機関)を持つ、朝鮮にとっての友好国との連携および情報の共有(ⅲ)人権調査団に特化した安保理決議採択と中ロを含む当該調査団の派遣(ⅳ)よど号事件関係者の帰国と証言

Ⅱ.朝鮮は日本の独自制裁で「困っている」のか(ⅰ)「下からの市場化」・経済改革と急増する中国との貿易額(ⅱ)着実に増える朝鮮のGDP(ⅲ)朝鮮の最近の食糧事情(ⅳ)産業の高度化・サービス化(ⅴ)効果がなくまったく無駄な日本の独自制裁(ⅵ)国際社会の制裁はなぜ効果を挙げないのか

Ⅲ.「北朝鮮の崩壊」論を検証する(ⅰ)経済システムの変化・改革(ⅱ)政治的変化の潜在性(ⅲ)「北朝鮮の崩壊」の意味は何か(ⅳ)動く「支配の正統性(legitimacy)」(ⅴ)ソ連・東欧社会主義の体制転換(「崩壊」)の総括(ⅵ)総括的結論

Ⅳ.朝鮮のさまざまな変化の可能性の検討(ⅰ)朝鮮の政治体制と外交戦略は変化するか(ⅱ)外部の関係国の「誤った関与」を「正しい関与」に

第4章 日朝交渉の政治学

Ⅰ.旧ユーゴスラビア紛争からの教訓(ⅰ)拉致問題と旧ユーゴスラビア紛争─差異と類似性(ⅱ)旧ユーゴスラビア紛争とは何か(ⅲ)旧ユーゴスラビア紛争とジェンダー(ⅳ)紛争の境界を超えるフェミニストたちのたたかい(ⅴ)旧ユーゴスラビア紛争から日本人拉致問題へ(ⅵ)日朝の暴力的ナショナリズムを超えて

Ⅱ.対朝鮮政策の方向性─拉致問題進展のための政治学と国際法の理論(ⅰ)紛争のエスカレーション・モデルと非暴力的解決の理論(ⅱ)拉致問題の重層的構造(ⅲ)拉致問題と国際法(ⅳ)拉致問題の平和的解決のイメージ(ⅴ)朝鮮を「普通の国」に(ⅵ)拉致問題の解決の定義と戦略

Ⅲ.日朝紛争の外交的解決(ⅰ)歴史の中の日本人拉致事件(ⅱ)拉致問題はなぜ膠着しているのか

Ⅳ.日朝の「対話」とは何か(ⅰ)紛争解決アプローチの応用(ⅱ)拉致問題に関する日朝交渉はアメリカから自立すべきである(ⅲ)日朝交渉の留意点

Ⅴ.ヘルシンキ・プロセスの教訓と極東(ⅰ)ヘルシンキ・プロセスとは何か(ⅱ)六者会合をめぐる国際関係(ⅲ)六者会合参加国における変化(ⅳ)東アジア版「ヘルシンキ・プロセス」の再開の可能性(ⅴ)東アジア版「ヘルシンキ・プロセス」と拉致問題(ⅵ)六者会合での日本の位置

第5章 結論

Ⅰ.中間的結論─「日朝国交正常化交渉なくして、拉致問題の進展なし」

Ⅱ.暴力的ナショナリズムを超える市民のネットワーク

Ⅲ.最終的結論

(附論)日本人市民にとっての戦後責任と朝鮮問題

おわりに─拉致と万景峰号の地から

資料:朝鮮国内の人権状況(要旨)─COI報告(外務省仮訳)より


 

投稿者: 社会評論社 サイト

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