はしがき
最近出版した『啄木の遺志を継いだ土岐哀果』について友人たちから寄せられた感想はほとんどが土岐哀果という名を知らなかったというものだった。私の友人は読書好きが多いから啄木についてはそれぞれ一家言もっていろいろ註文をつけてきたが、土岐哀果に関しては型どおりに初めて知ったという素っ気ない返答が多かった。かくいう私自身が啄木研究を始めてようやく土岐哀果の名を知ったのであるから無理からぬ話なのだが、それにしても土岐哀果の本名が土岐善麿であることを知る人は私の知っている限り一人もいなかった。
ちなみに啄木は二十六歳と言う若さで亡くなったが哀果は九十五歳の天寿を全うした。哀果という雅号は十年ほど使っていたが本名の土岐善麿に戻すのは啄木の遺稿を全集三巻にまとめて大きな成果を上げた時期と重なっている。以後の土岐善麿は啄木と一線を画すように独自の道を歩み出す。
土岐善麿と同時代に活躍した歌人は恩師の窪田空穂をはじめとして斉藤茂吉、前田夕暮、北原白秋、若山牧水、釈迢空、折口信夫、大熊信行などがおり、また善麿と交遊した社会的人脈は杉村楚人冠、柳田國男、大杉栄、堺利彦など錚々たる人々であった。言ってみればこの時代の文芸界をリードした人々の間にあって土岐善麿は思う存分の活躍をした。
また善麿は大学を出てすぐ読売新聞の社会部記者となって後に朝日新聞に移り論説委員で停年を迎えるまで三十二年間、第一線で活躍する傍ら一時期文芸誌『生活と芸術』を一人で編集発行するなど、激務の合間を縫ってコツコツと歌作に励み膨大な作品を残し、評論や国語国字問題に取り組んだ。
とりわけ注目されるのは善麿が明治、大正、昭和という日本の激動期にあって時代の動向に冷静な姿勢を堅持したことである。明治期における日本の近代化の潮流と社会主義的イデオロギーの普及に伴う反体制志向のうねり、昭和前期の帝国主義と軍国主義、そして敗戦に伴う第二の開国への歩み、文字通りの激動の時代を善麿は生き抜いた。多くの知識人や文学者が時代の流れにひたすら同調して生き延びたのに比べ、善麿はあくまでも己の良心に従う道を選んだことを見逃してはなるまい。
ところが今日にいたるまで善麿の名が浮かび上がることはない。言い換えれば忘れ去られてしまっているのだ。なにより石川啄木を世に送り出した大恩人であることすら思い起こされない存在なのである。啄木との関わりでもなければ私も善麿に関心を持つことはなかったと思うが、二人の関わりから生じた榾火は消え失せるどころか、ますます勢いがつき始めてしまった。(以下、本書)
長浜功
長浜功/著
明治・大正・昭和を生き抜いた
孤高の歌人 土岐善麿
四六判上製・363ページ 定価=本体3400円+税
ISBN978-4-7845-1141-9 C0030 2018年4月刊
目次
はしがき
序章 忘れられた歌人
一 忘れられた歌人
二 善麿の「評伝」
三 善麿に対する評価
1 執筆活動
2 文学的評価
3 流派と全集
Ⅰ章 「啄木と善麿」再懐
一 啄木再懐
二 啄木追悼会再録
1 最初の追悼
2 追悼七年忌
3 最後の追悼会
三 吉田孤羊の登場
四 「啄木記念碑」建立余話
五 啄木讃歌
1『黄昏に』
2『不平なく』
3『街上不平』
4『雑音の中』
5『緑の地平』
6『歴史の中の生活者』
Ⅱ章 新聞記者時代
一 新聞記者三十年
1 入社の動機
2 『NAKIWARAI』の原点
3 記者の現場
4 タクシー余話
5 「駅伝」創始者
6 朝日新聞入社
(1)杉村楚人冠(2)論説委員室の光景(3)時局追随
Ⅲ章 時局の狭間で
一 大政翼賛会前史
1 『国防の本義と其強化の提唱』
2 大政翼賛会の発足
3 常会・隣組
4 日本文学報国会
5 三つの「国策協力」
(1)「愛国百人一首」(2)「国民座右銘」(3)「文芸報国運動講演会」(4)「文学者愛国大会」
二 大日本歌人協会
1 常任理事善麿
2 改造社『新万葉集』
3 「東京朗詠会」
三 善麿と時局(1)
1 掌の歌集『近詠』
2 『六月』の出版
四 歌人協会の内紛
五 善麿の協会理事辞任
六 善麿と時局(2)
1 善麿の戦争観
2 斉藤茂吉の場合
七 学究の道へ
Ⅳ章 敗戦から戦後へ
一 敗戦
1 柳田國男の『炭焼日記』
2 柳田國男と敗戦
3 東北車中吟遊
二 戦後の善麿
1 疎開生活
2 復活の歌 ――『夏草』
3 善麿の天皇観
4 復興の槌音 ――『冬凪』
5 自責と悔悟 ――『歌話』
6 歌人の「結社解消論
7 覚醒 ――『春野』
Ⅴ章 「清忙」の日々
一 「清忙」の日々
1 佐藤一斎「清忙」
二 清忙の足跡
1 「それから」の土岐善麿
2 ある日の土岐善麿
三 我が道を行く
1 謡曲・能楽・舞台
2 日比谷図書館長
3 学位・学究の道
(1)早稲田大学講師(2)杜甫研究(3)京都大谷大学講師(4)位階勲等
四 雑記帳
1 出版事業
2 新国歌「われらの日本」
3 空を翔ける
4 『周辺』の発行
終章 旅路の果て
一 最後の歌集『寿塔』
二 朝焼け
三 残照
四 寿塔「一念」
1 妻の死
2 残照
3 臨終
4 「一念」の塔
暗愚小伝 ――「あとがき」に代えて
関連年表
筆者紹介■長浜 功(ながはま いさお)1941年北海道生まれ、北海道大学教育学部、同大学院修士、博士課程を経て上京、法政大学非常勤講師等を歴任後、東京学芸大学常勤講師に任用、以後同助教授、教授、同博士課程連合大学院講座主任、2007年定年退職(濫発される「名誉教授」号は辞退)
【主な著書】
『教育の戦争責任―教育学者の思想と行動』1979年 大原新生社
『常民教育論―柳田國男の教育観』1882年 新泉社
『昭和教育史の空白』1986年 日本図書センター
『教育芸術論―教育再生の模索』1989年 明石書店
『彷徨のまなざし―宮本常一の旅と学問』1996年 明石書店
『北大路魯山人―人と芸術』2000年 双葉社
『石川啄木という生き方』2008年 社会評論社
『啄木を支えた北の大地』2012年 社会評論社
『「啄木日記」公刊過程の真相』2013年 社会評論社
『啄木の意志を継いだ土岐哀果』2017年 社会評論社
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