白石崇人著『幼児教育とは何か』は、2013年刊行から多くのご利用をいただいております。幼児教育と保育の現場にかかわる皆様に、本書がより多く活用していただけることを期待して序文と目次を以下に掲載します。
『幼児教育とは何か』
はじめに
本書の目的は、主に幼児教育の理念・歴史・制度から、「幼児教育とは何か」を原理的に考えることである。
現在の幼稚園は、「幼児教育」の理念にもとづく3歳以上〜就学未満の幼児対象の保育施設(文部科学省所管)である。保育所は、「児童福祉」の理念にもとづく0歳以上〜就学未満の乳幼児対象の保育施設(厚生労働省所管)である。これらの2つの施設は、管轄部署や対象年齢を異にするが、その違いはそれだけではない。これら両施設は、それぞれ理念・歴史を異にする。幼児教育の理念や歴史は、固有の思いと文脈とによって大勢の先人が守り、かつ形成してきたものである。それらを「なかったこと」にはできない。
また、理念・歴史は、今を生きる我々がこれからを考えていく上で重要な知的基盤となり、手段ともなる。制度・実践は人の作るものである。そこには何らかの理念(目指すものや思い)と歴史(思考・実践の積み重ね)が込められている。制度・実践は、完全または超越的なものではなく、未完かつ人間的なものである。だからこそ、批判する余地は残るし、合意・遵守する価値もある。たとえば、幼保一体化をこのまま進めるべきか、もっと考え直すべきかは、幼児教育の理念・歴史(もしくは児童福祉の理念・歴史)を知ることによって、はじめて深く確かに考えることができる。
本書は、「幼児教育の理論とその応用」シリーズの第1巻である。本書では、これらの問題関心にもとづき、幼児教育の理念・歴史・制度に焦点をあてて、次のように内容を構成した。まず第1章・第2章では、「教育とは何か」という一般的・根源的な問題を取り扱った。第1章では、語源、人間形成、学習過程、および現代日本の教育目標から考えていく。第2章では、教育を構成する要素について、子ども・教師・学校・学力(教育方針・内容)・家族に注目して考えていく。次に、第3章〜第6章では、「幼児教育とは何か」という問題を直接に取り扱う。第3章では、幼稚園・保育所、および教育基本法という制度面から考える。第4章では、幼児教育の担い手としての保育者の歴史と現状について、主に養成・資格・資質の観点から考える。第5章では、保育者のあり方について、子ども以外との関係から考える。子どもとの関係におけるあり方については、第2巻『保育者の専門性とは何か』において詳しく述べるので、あわせて参照してほしい。最後に、補章では、幼稚園実習において、保育学生たちが実際に何を学んでいるかを検討する。
なお、本書は、保育学生・現役保育者・保育関係者だけでなく、国民一般も読者として想定している。幼児教育は、将来の国民を育てる事業であり、全ての国民の考えるべき問題である。また、幼児教育の直接の担い手は保育者だが、国民の支えがなければそれも立ちゆかない。本書は、われわれやわれわれの子孫の将来について、深く確かに考える機会を提供したい。本書が、幼児教育についてみんなで考える機会を提供できれば、幸甚である。
2012年11月9日 著者
幼児教育とは何か
幼児教育の理論とその応用 1
第1章◦教育とは何か
第1節:語源から考える「教育とは何か?」
1.「教育」の語源
(1)「 教(おしえる)」の語源
(2)「 育(そだつ)」の語源
(3) 教育が成り立つには─「教える」と「教えられる」との関係
2.「学習」の語源
(1)「 學(まなぶ)」の語源
(2)「 習(ならう)」の語源
(3) 学習と教育との不即不離な関係
第2節:人間形成における「教育とは何か?」
1.ヒトとは何か
(1) 生物の発展要因
(2) ヒトの特徴
2.ヒトが人間になること
第3節:「わかる」とはどういうことか?
1.「わかる」とは?
(1) 意図的な行為としての「見る」
(2) 新しく「わかる」ことと、すでに「わかっている」こと
(3) 考えながら「おぼえる」
2.「わからない」とは?
(1) 何が問われているか、がわからない─自分で必然性を補う必要
(2) なぜわかりたいか、がわからない─価値を味わう必要
(3) わかる気がない─やる気を出すには?
第4節:「生きる力」とは何か?─現代日本における幼児教育の目標原理
1.幼稚園教育のはぐくむ「生きる力」
(1) 幼稚園教育への「生きる力」の導入
(2) 現代日本の幼稚園教育における「生きる力」
2.「生きる力」の必要性
(1) 生涯学習社会の到来
(2) 生涯学習社会における学習の必要性
(3) 生涯学習のための「生きる力の基礎」
第2章◦教育を構成する要素
第1節:子どもとは何か?
1.ヨーロッパの子ども観
(1) 古代ヨーロッパの子ども観
(2) 中世ヨーロッパの子ども観
(3) 近世ヨーロッパの子ども観
2.日本の子ども観
(1) 古代日本の子ども観
(2) 中世・近世日本における子ども観
(3) 近代日本における子ども観
3.現代の子ども観
第2節:教師とは何か?
1.「教員」の誕生
2.聖職・天職的教師論の隆盛
3.教育労働者と教育公務員
4.教職の専門職性
第3節:なぜ学校で教育するのか? ─幼児教育の原点としての教育史
1.子どもと労働
2.すべての子どもを学校で教育すること
3.義務教育の必要性
第4節:学力とは何か? ─小学校以後を見据えた幼児教育のために
1.教育課程と学力の3要素
2.経験主義的学力観と系統主義的学力観との統合
第5節:家族にとって学校とは何か? ─教育要求を読み解く
1.「教育する家族」の登場以前
2.「教育する家族」の登場
3.「教育する家族」の教育要求
第3章◦幼児教育の制度
第1節:幼稚園はどのように日本に定着したか?
1.東京女子師範学校附属幼稚園の創設
2.「簡易幼稚園」の普及
3.恩物主義批判の発生
第2節:なぜ幼稚園・保育所があるのか? ─教育と福祉の系譜
1.保育所の系譜(1890年〜1945年)
(1) 慈善事業としての児童保護
(2) 働く親のための託児所
(3) 総力戦体制下における託児所の急増
2.占領期における幼保二元体制の確立(1945年〜1950年代初頭)
(1) 幼稚園の学校化
(2) 母親の就労を支援する保育所
(3)「 保育に欠ける」概念の形成
3.経済成長期における幼保二元体制の維持(1950年代半ば〜1970年代初頭)
(1) 女性就労の拡大期における保育政策
(2) 幼保二元体制における保育内容一元化
(3)「 幼児教育」と「保育」
4.低成長期における幼保二元体制の見直し(1970年代半ば〜)
(1) 保育要求の多様化の進行
(2) 少子化対策としての幼保一元化
第3節:現代日本における幼児教育の目的とは何か?
1.法令上における幼稚園教育の目的
2.教育全体の目的
(1) 教育基本法における教育目的
(2) 教育全体の目的達成によって目指すもの
3.幼稚園教育の目標と教育全体の目標との関係
第4章◦保育者とは何か
第1節:保育者はどのように誕生したか? ─「子守」から「教師」へ
1.保育者養成の開始
(1) 見習いによる速成的養成
(2) 組織的養成の始まり
(3) キリスト教系の保育者養成施設
2.大学における保育者養成へ
(1) 戦前日本の保育者養成の到達点
(2) 戦後日本の大学における保育者養成の開始
第2節:保育者の資格とは?─「教諭」と「保育士」
1.「幼稚園教諭」という資格が意味するもの
(1) 幼稚園教諭免許状の基礎的な資格内容
(2) 教職科目から見た資格内容
(3) 幼稚園教諭免許と保育士資格との資格内容の違い
2.「幼稚園教諭免許状」と「保育士資格」
(1) 幼稚園「保姆」免許状の誕生
(2) 幼稚園「教諭」免許状の誕生と普及
(3) 保育士資格の誕生
第3節:保育者の資質とは?─保育論者の系譜
1.中村五六の保育者論
(1) 日本の保育理論の基盤をつくった中村五六
(2) 改良進歩の主体としての保育者
2.東基吉の保育者論
(1) 自主的活動としての遊戯を具体化した東基吉
(2) 保育者の専門的知識・技能と道徳的性格
3.和田実の保育者論
(1) 幼児教育法を体系化した和田実
(2)「 幼児教育法」と「教育的精神」
4.倉橋惣三の保育者論への影響
(1) 倉橋惣三の保育思想の概要
(2) 保育者の必要条件と十分条件
第4節:いま、保育者はどのような状況にあるか?
1.山陰地方における幼稚園・保育所の普及状況から
2.山陰地方における保育者集団の現状から
(1) 保育者集団の規模から
(2) 保育者の年齢構成・勤務年数から
3.保育者の統計のまとめ
第5章◦保育者の役割─子ども以外との関係から
第1節:保育者同士における役割とは? ─同僚・後継者・先輩
1.「後継者」としての保育者
(1) 常に「後継者」を必要とする保育職
(2)「 後継者」に必要な意欲・態度
2.「同僚」としての保育者
(1) 単独での課題解決と複数人での課題解決
(2) 同僚性の形成
第2節:保護者に対する役割とは? ─「通訳」と「パートナー」
1.子どもの「通訳」として
2.保護者の「パートナー」として
(1) ともに子どもを育てる意識
(2) 育児のプロとしてのアドバイス
(3) 居場所の提供
第3節:地域社会に対する役割とは?
1.幼稚園・保育所の開放
2.地域における子育て環境の形成
(1) 地域の子育て人材・施設の活用と組織化
(2) 幼稚園・保育所・小学校の連携
補章◦教育実習における学び
─2011年度鳥取短期大学幼児教育保育学科の「教育実習」を事例に
1.教育実習に関する自己評価の全体的傾向
(1) 自己評価の調査方法について
(2) 学生が実感する「教育実習Ⅰ」(1年生対象)の学び
(3) 学生が実感する「教育実習Ⅱ」(2年生対象)の学び
2.教育実習の学びの実態─「教育実習Ⅰ」を事例として
(1) 事例の抽出
(2) 教育実習に対する意欲・態度に関する学び
(3) 子ども・環境理解に関する学び
(4) 子どもへの接し方に関する学び
(5)保育案の準備・作成に関する学び
(6) 用件処理・教職員連携に関する学び
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読者のお便りをご紹介します
短大の幼児教育科をでて過去に保育の仕事についていたので、今回幼児教育についての本を読んでよかった。幼稚園教師と保育と2つの資格がありますが、本書に2つの資格の違いについて書いてあり、すごくおもしろい記事でした。そのほか保育に関して教育や幼児教育、保育者、幼稚園、保育園などについていろいろなことを学べ感謝しています。(新潟県在住) |
[著者紹介]白石 崇人(しらいし たかと)
1979年、愛媛県生まれ。2008年、広島大学大学院教育学研究科教育人間科学専攻博士課程後期単位取得退学。修士(教育学)。広島大学大学院教育学研究科教育学講座助教を経て、現在は鳥取短期大学幼児教育保育学科教員。専門分野は、日本教育史・教師論・保育者論。
主要著書・論文
『近代日本教育会史研究』(共著、学術出版会、2007年)
『続・近代日本教育会史研究』(共著、学術出版会、2010年)
『なぜからはじめる保育原理』(共著、建帛社、2011年)
「明治20年代後半における大日本教育会研究組合の成立」(日本教育学会編
『教育学研究』第75巻第3号、2008年)
「日清・日露戦間期における帝国教育会の公徳養成問題」(『広島大学大学院
教育学研究科紀要』第三部第57号、2008年)
「1880年代における西村貞の理学観の社会的役割」(日本科学史学会編『科学史研究』第47巻 No. 246、2008年)
「明治後期の保育者論」(『鳥取短期大学研究紀要』第61号、2010年)
「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員集団の組織化過程」(中国四国教育学会編『教育学研究ジャーナル』第9号、2011年)