書評掲載
2021年12月 東京唯物論研究会編『唯物論』95号 評者・岩佐茂氏
マルクス「資本論」の哲学
─物象化論と疎外論の問題構制─
Philosohie des Marxshen “kapital”
長島 功/著
A5判ソフトカバー/240頁
ISBN978-4-7845-1855-5 C0030 定価=本体2600円+税
概 説
『パリ手稿』『経済学・哲学草稿』『ドイツ・イデオロギー』『経済学批判要綱』『資本論』などマルクスの主要著作における、物象化論と疎外論の理論的内容の変遷過程と両理論の区別と関連を解明し、この問題に関する諸説を批判的に検証する。
こうしたマルクスの物象化論と疎外論を現代的に再構成する理論的作業は、資本の金融化と労働者の貧困化の拡大をもたらした現代資本主義批判のための原理的理論の構築であり、マルクス理論の今日的再生をめざす試みといえよう。
目 次
序 論
第1章 『パリ手稿』の物象化論的見方と 疎外論
第1節 『経哲草稿』「第1草稿」における 物象化論的見方と疎外論
(1) 「第1草稿」前段の「所得の三源泉の対比的分析」
(2) 「第1草稿」後段の「疎外された労働」断片
第2節 「J・ミル評註」の物象化論と疎外論
(1) 貨幣の本質
(2) 貨幣は物象化に固有の転倒現象をもたらす
(3) 交換・交易は社会的交通の疎外された形態である
(4) 市民社会では類的行為は疎外されて交換取引として現われる
(5) 交換関係の下では労働は「金を稼ぐ営利労働」となる
(6) 私有財産は価値になる
(7) 貨幣は疎外された物象の完全な人間支配を表わす(物象化論の端緒的形成)
第3節 『経済学・哲学草稿』「第2・第3草稿」の疎外論
(1) 「第2草稿」の疎外論
(2) 「第3草稿」の疎外論
(3) マルクスの「人間的本質」の疎外論
補論1 廣松渉によるマルクス疎外論把握の批判
(1) マルクスの疎外論はヘーゲルの疎外論の踏襲ではない
(2) マルクスの疎外論に特別な主体概念はない
(3) マルクスの疎外論は「本然的状態」を設定していない
第2章 『ドイツ・イデオロギー』と物象化論・疎外論
第1節 「フォイルバッハ・テーゼ」と物象化論・疎外論
(1) 「第4テーゼ」と疎外論
(2) 「第6テーゼ」と物象化論・疎外論
第2節 『ドイツ・イデオロギー』における物象化論と疎外論の混在
補論2 岩淵―廣松論争の検討
(1) 論争の概要
(2) 両者の主張の検討
(3) 哲学的意識の清算とは何か
第3章 『経済学批判要綱』の物象化論と疎外論
第1節 経済学批判要綱』の物象化論
(1) 人格と人格との社会的関連の物象化としての貨幣
(2) 人間社会の3段階把握―依存関係史論
第2節 『経済学批判要綱』の疎外論
(1) 労働の対象的諸条件からの労働者の分離としての疎外
(2) 所有と労働の関係からみた歴史の3段階把握としての疎外論
第3節 人類史の3段階把握と物象化・疎外
第4章 『経済学批判。原初稿』と『経済学批判』 の物象化論と疎外論
第1節 『経済学批判。原初稿』の物象化論と疎外論
(1) 『経済学批判。原初稿』の物象化論
(2) 『経済学批判。原初稿』の疎外論
第2節 『経済学批判』の物象化論と疎外論
(1) 『経済学批判』の物象化論
(2) 『経済学批判』の疎外論
第5章 「1861~63年草稿」の物象化論と 疎外論
第1節 商品・貨幣論における物象化論と疎外論
第2節 「資本の生産過程」章における物象化論と疎外論
(1) 「貨幣の資本への転化」論における物象化論と疎外
(2) 「相対的剰余価値の生産」の理論における物象化論と疎外論
第6章 『資本論』の物象化論と疎外論
第1節 概説
第2節 商品論における物象化論
第3節 貨幣論における物象化論
第4節 資本の理論における物象化論と疎外論
(1) 貨幣の資本への転化
(2) 絶対的剰余価値の生産
(3) 相対的剰余価値の生産
第5節 資本蓄積論における疎外論
第6節 利潤論における物象化論
第7節 利子生み資本における物象化論
第8節 「三位一体範式」における疎外と物象化
第7章 マルクスの物象化論と疎外論の理論的内容と諸説の検討
第1節 マルクスの物象化論の理論的内容と諸説の検討
(1) 物象化・物化・物神性
(2) 「人格の物象化」と「物象の人格化」
(3) 諸説の批判的検討
第2節 マルクスの疎外論の理論的内容と諸説の検討
(1) 貨幣論における「広義の疎外論」
(2) 資本の理論における疎外論
(3) 諸説の批判的検討
第8章 マルクスの物象化論と疎外論の区別と関連と諸説の検討
第1節 疎外論からの物象化論の分離過程
(1) 『パリ手稿』―疎外論の衣をまとった物象化諭―
(2) 『ドイツ・イデオロギー』―疎外論と物象化論の混在―
(3) 『経済学批判要綱』―疎外論と物象化諭との混淆―
(4) 『経済学批判。原初稿』と『経済学批判』―疎外論からの物象化論の分離―
(5) 『61~63年草稿』―物象化論による貨幣の理論的導出への転換―
(6) 『資本論』―価値形態論による物象化論的な貨幣の導出―
第2節 マルクスにおける物象化諭と疎外論の区別
(1) 物象化論の地平
(2) 疎外論の地平
(3) 物象化諭と疎外論の区別
第3節 マルクスにおける物象化諭と疎外論の関連
(1) 物象化諭と疎外論の第1の関連
(2) 物象化諭と疎外論の第2の関連
第4節 資本主義社会における物象化と疎外
第5節 諸説の批判的検討
(1) 平子友長の所説の検討
(2) 張一兵の所説の検討
あとがき
索 引
[本書あとがき]
筆者は本書を書き上げる前に,「マルクスの物象化諭と疎外論の区別と関連について」と題した論文〔未発表〕を書き,その過程で両理論の関連がどこにあるかについておよその見当をつけた。つまり物象化は「死んだ労働」が「生きた労働」を支配するという主体―客体関係の転倒にあると考えていたが,マルクスの資本論準備草稿を読み進めていたときに偶然,「死んだ労働」が「生きた労働」から疎外されている,という表現に出会い,それがヒントとなり,もしかしたらこの疎外が物象化の根底にあるのではないかと考えるようになった。このような見込みをつけてマルクスの草稿を研究していくうちに,最初に,物象化は疎外を媒介する役割をしているのではないかと考えるようになった。次には,物象化は資本主義的商品生産社会を含む商品生産社会に共通する現象ではないかという前から抱いていた考えから,物象化は経済的形態規定と不可分な関係にあると想定するに至った。さらに商品・貨幣は,資本が実体であるのに対して,単なる形態にすぎない,というようなマルクスの言葉を『資本論』に見いだして,この「形態」という言葉が経済的形態規定と何らかの関連があると考えた。他方で,「形態」と言えば,価値増殖過程が資本主義的生産の形態面であることを思い出し,物象化が疎外を価値増殖過程から見た現象ではないかと予想した。そして「経済的」という言葉が「金銭的な売買関係」を表わしていること,すなわち物象化が経済的関係と関連した現象であることに着目し,「人格」も「物象」も主体と客体の経済学的表現なのではないかと考えるようになった。こうした予想を確かめるためにマルクスの草稿をもう一度研究するうちにこの予想が正しいことを確信するに至った。これが本書を書くまでに筆者が辿った思考と研究の過程である。
次にこれからの筆者の研究の展望について一言述べておきたい。本書を書く準備過程で,筆者は物象化と疎外に関する海外の〔主に西欧の〕研究状況を知るようになった。そこで分かったのは,西欧における物象化論の研究がルカーチの『歴史と階級意識』における物化論に大きく影響されていることである。それだけでなく,同書で展開された物化論と疎外論がフランクフルト学派の思想傾向を大きく規定していることに筆者は気づいた。ただしルカーチは同書の1967年の新版の序文で同書におけるいわば「ヘーゲルかぶれ」を自己批判し,晩年は美学と「社会的存在の存在論」の執筆に専念した。ここでルカーチはマルクス主義の新たな哲学的基礎付けを試みたと言ってよい。しかし,西欧マルクス主義はルカーチの自己批判にもかかわらず,彼の初期の著作で展開された物化論と疎外論の影響から脱することができないままでいる。マルクスの初期から後期に至る草稿が次々と公表されてきているにもかかわらずそうなのである。そこでマルクスの初期から後期に至るまで一貫して存在する物象化論的な見方と疎外論を発掘し,これらを現代の情況に適合するような形態で再興することができれば,それはフランクフルト学派に代表されるヘーゲル主義化した西欧マルクス主義を乗り越えるきっかけをつくることにつながるのではないかと考えることも可能であろう。筆者は,このような考えのもとに,今後は本書で明らかとなったマルクスの物象化諭と疎外論に基づいて,主にルカーチの『歴史と階級意識』で展開された物化論と疎外論の批判的検討とそれに基づくフランクフルト学派の物化諭と疎外論およびその思想傾向全体の批判的検討を研究の柱としたい。
著者紹介 ながしま・いさお 哲学研究者、社会主義研究家、翻訳家。バイオハザード予防市民センター事務局長。東京唯物論研究会会員。1950年生まれ。1983年広島大学大学院地域研究研究科修了。国際学修士。公私にわたり故芝田進午に師事。専攻:哲学、経済学、環境社会学。著書論文その他翻訳書:クリムスキー他著『遺伝子操作時代の権利と自由』(緑風出版、2012年)、『芝田進午遺稿集―バイオ時代と安全性の哲学』(編訳、桐書房、2015年)。著書:『マルクス疎外論の射程』(社会評論社、2016年)。論文:「日本共産党の原子力政策の批判」(『労働運動研究』復刊第30号、2011年12月)その他多数。
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