| 特別公開 | 大竹永介・解題「西村滋さんと『お菓子放浪記』」─西村滋/著『 [名著復刻]お菓子放浪記 戦争期を生きたシゲル少年』より─

西村滋さんと『お菓子放浪記』

大竹永介


「お菓子放浪記っていう感動的でいい作品があるから、是非読むといいですよ」

1985年3月、私は、会社の近くの鮨屋で一人の若い女性と向かい合っていた。当時、私は週刊少女フレンドというまんが雑誌の編集部に所属していて、少女まんが原作賞なるものの担当者だった。相手はその受賞者である。

随分と昔のことゆえ、どういう流れでそんな話になったのか記憶は定かではないのだが、おおかたもっともらしく少女まんがの特色とか、原作を書く時の注意点などを話していたのだろう。その時、それまで言葉少なにうつむいていたその女性が、いかにもいいにくそうに小さくつぶやいた。

「それ、私の父の作品です」

それが私と西村滋さんとの最初の「出会い」である。「不思議な縁」というものは確かにあるものなのだ。

もっとも、当初は教えていただいた住所にお手紙を出したり年賀状のやり取りをしたり、とそんな程度。実際にお会いして、頻繁に連絡をとるようになったのはもっとずっと後のことである。

西村滋さんは1925年、名古屋市の生まれである。6歳で実母を亡くし、再婚した父親も三年ほどして死亡。継母が実子(西村さんの異母弟)だけを連れて家を出てしまったため、施設での生活が始まる。まだ十歳にならない頃の話である。

以来、氏の言葉を借りれば「トンズラ坊や」として施設、いや施設ばかりか各地を転々とする。42年には上京、結核が判明し療護院送り。45年3月10日の東京大空襲にも遭遇し、九死に一生を得て敗戦。戦後、その療護院が戦争孤児の収容施設となり、氏自身補導員となったこともあって、「戦争孤児」が一生のテーマとなる。

最初の著書は「青春廃業」(1952年渡辺書房)以後「笑わない青春の記」(55年中央公論社)「やくざ先生」(57年第二書房)などを発表。「笑わない青春の記」「やくざ先生」は映画化もされた(「やくざ先生」の主演は石原裕次郎である)。「雨にも負けて風にも負けて」(75年双葉社)で第2回日本ノンフィクション賞、「母恋い放浪記」(84年主婦の友社)で第七回山本有三記念路傍の石文学賞をそれぞれ受賞している。

西村氏というと「児童作家」と思われがちだが、必ずしもそうとはいえず、おそらくご本人も「児童物」とか「大人物」とかいう区別はあまり意識していなかったのではないかと思われる。「小説現代」にいくつか中間小説を発表してもいる。また、ラジオやテレビの脚本もかなり手掛けていて、妻子を沼津に移し、自らは東京に単身残って脚本の仕事をしていた時期もある。もっとも、最後は納得のいかない打ち合わせがもとで局の制作部長と大喧嘩、テレビ業界を去ることになったというからいかにも「反骨の人」西村さんらしい。

じっくりと自分のテーマと取り組みたいと思っていた時期だったこともあり、また結核の再発などもあってその後氏は妻子のいる沼津に移住。看護師だった奥様に復職を頼み、自分は子育てと家事を引き受けて背水の陣をしくことになる。そこで生まれたのが前述した「雨にも負けて風にも負けて」であり、本書「お菓子放浪記」である。結果はでたのである。(以下、本書)

※本書収録の解題より冒頭を掲載しました。


西村滋(にしむら・しげる)
1925年名古屋市生まれ。6歳で母と、9歳で父と死別し、以後放浪生活をする。
1952年、処女作『青春廃業』を発表。『雨にも負けて風にも負けて』で第2回日本ノンフィクション賞、『母恋い放浪記』で第7回路傍の石文学賞を受賞。
『お菓子放浪記』(1976年理論社刊)は全国青少年読書感想文コンクールの課題図書となり、同年木下恵介によってTBS連続ドラマ(人間の歌シリーズ)として放映される。2011年近藤明男監督によって「エクレール お菓子放浪記」として映画化された(シネマとうほく)。2016年5月21日逝去。

西村滋公式ホームページ「西村滋さんに会いに行こう!」
大竹永介 1949年生れ。早稲田大学法学部を卒業し、1973年講談社入社。主に少女まんが、児童書(絵本)の編集に長く携わり、児童局長、取締役を歴任。2015年に現役を退く。著書に『留学ごっこ─自立した独居老人になるためのパリ生活右往左往』がある。2019年小社刊『出版文化と編集者の仕事◉個人的な体験から』も好評発売中。


天涯孤独のシゲル少年の心を支えたのは、甘いお菓子への憧憬だった─。戦争の敗色濃くなりゆく時代を背景に、過酷な運命を生きる少年の姿を描く名著復刻。

[解題▪西村滋さんと「お菓子放浪記」大竹永介 収録]

定価=本体1800 円+税 ISBN9784784511433 四六判並製420 頁
2019年10月下旬刊


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