ピケティとマルクスの視点から、デフレ不況の先進国日本の現状を分析してみよう。(奥山忠信著『貧困と格差』発売中!)

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奥山忠信著『貧困と格差 ピケティとマルクスの対話』9月の刊行以来、好評を得ております。『資本論』と『21 世紀の資本』を基本素材として、新自由主義の展開と破綻がもたらした現代世界の危機の構造を読み解く──。今回はその一部をご紹介します。

【はじめに(抄録)】


本書は、日本経済の今を、トマ・ピケティ(Thomas Piketty, 1971〜)とカール・マルクス(Karl Marx, 1818〜1883)の格差論から解き明かそうとするものである。ピケティは、時の人である。彼の大著『21世紀の資本』は社会現象とも言えるほど話題をさらった。人々が、生活の中で感じていた世の中の変化を「格差」の問題としてとらえ、教えてくれたからである。

ピケティの『21世紀の資本』は、マルクスの『資本論』(初版1867)を意識して書かれている。マルクスは19世紀を生き、ピケティは21世紀にいる。2人の接点は、今日の資本主義の変質である。

21世紀の資本主義は、19世紀のような格差社会になる、とピケティは言う。膨大なデータを使って、20世紀の過半の時代、すなわち第1次世界大戦から東西冷戦の終結までの資本主義は、むしろ例外だった、ということを証明する。

例外だった時代とは、資本主義が自由と平等を両立させ、人間性を取り戻すかに見えた20世紀である。それが、21世紀には、資本主義は再びマルクスが「搾取」として描いた19世紀の資本主義として復活した。

しかし、マルクスとピケティでは、その内容は違う。何より資本家の中身が異なる。マルクスの資本家が自分で経営を行う資本家であるのに対し、ピケティの資本家はより範囲が広い。株や債券、土地や建物の賃貸用不動産などの資産を運用する個人も資本家なのである。

格差社会が広まる中で、資産を持つ不労所得者が富み、勤労者が貧しくなる世界が21世紀の格差問題である、と指摘したのである。

ピケティの理論は、悲観的な結末を予言している。それは、成長率の低い国では資本家がますます豊かになり、勤労者の富をますます減らす、ということである。先進国の成長率は低い。その中でも日本の成長率は、特に低い。過去20年間の実質経済成長率は、平均で0.8%弱である(内閣府統計)。ピケティ理論が正しいなら、これから日本は急激に格差社会になる。

ピケティは、フランスの新聞に掲載したエッセイの中で、日本をヨーロッパ人からは理解不能の国だと論じている。その理由は、累積した国の借金がGDPの2倍になっているのに誰も本気にならないことだ。破綻を目の前にして現実から目を背ける日本人が、不思議なのである。

日本経済には、奇妙な現象が立て続けに起きている。アベノミクスと軌を一にして株価が急激に上がり、株価の時価総額がバブル期を抜いた。そして、上場企業の利益が過去最高を2年連続記録した。この時期のメディアの報じる日本経済は、好景気に湧いているかのようであった。

しかし、2014年度の実質国民所得(GDP)はマイナス1.0%であった。資本主義経済は、成長するのが常である。2014年のIMFの推計値では、世界の実質GDPの成長率は、188カ国平均で、3.39%である。

また、日本の年間給与支払総額は、実質マイナス3%で過去最悪の下げ幅となった。株価と企業利益の上昇、経済成長の低迷、実質賃金の下落。アベノミクスが目標としていた2014年度の経済データは、まるで絵に書いたようなピケティ流の格差の風景であった。

悪いデータには日本のメディアは注目しない。問題から目をそらすのが、昨今の日本人気質なのか。株価と企業の高収益も、国民所得の低迷と実質賃金の下落も、どちらのデータもアベノミクス、とりわけ第1の矢と呼ばれる量的緩和の帰結であろう。貨幣量を2年間で2倍にして物価を2%上げる、これが目標であった。貨幣は2倍以上になった。しかし、物価は全く上がらなかった。GDPも低迷した。

2015年度の統計データも同様である。確定値はまだないが、民間需要の低迷によって経済成長率もまたゼロ%の前後を低迷するものと思われる。

ピケティが逆戻りと警告し、マルクスが階級関係を説いた19世紀は、成長と恐慌の世紀であった。資本家と労働者の対立はこの中で生まれた。マルクスは恐慌の原因をさまざまに指摘しているが、その中の1つとして資本家による搾取のし過ぎを警告する。賃金を低く抑えすぎると、商品が売れなくなって恐慌の原因になる、と言うのである。現状にはこの指摘が適切である。今の日本経済は、過少消費不況と呼ぶべき事態になっている。

日本がバブルの時、世界は日本経済と日本型経営を羨望し、一転して日本のバブルが崩壊し、長期のデフレ不況に入った時、側溝に車輪を落とした車を見るように、怪訝な目で日本を眺めていた。そして今、世界は日本だけが例外ではなかったと気づいた。

奥山忠信


【書評】

読者の方より、お葉書をいただきましたのでご紹介します。

高校公民の教員をしています。社会主義経済は近年、教科書でずいぶん分量が減らされていますが、ピケッティやサンダースからの新自由主義に対する疑問という視点で改めてやってみようと思い購入しました。非常にわかりやすく、内容も現状に即したもので大変参考になりました。ありがとうございました。


【書評】

図書新聞2016年11月26日号に『貧困と格差』の書評「ピケティの思考の核心を切開 現在の超資本主義社会はどこまで変容していくのか」(皆川勤)が掲載されました。

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サイト「ちきゅう座」でも、佐藤直樹氏(現代評論家・九州工業大学名誉教授)「奥山忠信著『貧困と格差-ピケティとマルクスの対話』(社会評論社)を読む」が掲載されています。


奥山忠信著
貧困と格差 ピケティとマルクスの対話
A5判ハードカバー・152頁 定価=本体1,800円+税
2016年9月刊

購入サイト(外部リンク)

Amazon

 


著者紹介
奥山忠信(おくやま・ただのぶ)
1950年、宮城県生まれ。東北大学経済学部卒。東北大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。同博士後期課程単位取得。経済学博士(東北大学)。埼玉大学経済学部講師、助教授、教授。埼玉大学経済学部長。上武大学学長。現在、埼玉学園大学経済経営学部教授。

主要著書
貨幣理論の形成と展開─価値形態論の理論史的考察』(社会評論社、1990)
富としての貨幣』(名著出版、1999)
ジェームズ・ステュアートの貨幣論草稿』(社会評論社、2004)
貨幣理論の現代的課題─国際通貨の現状と展望』(社会評論社、2013)

 

投稿者: 社会評論社 サイト

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