作品全体からプルーストの〈時間〉との闘いのありようを解明する初の研究書!
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』全篇の時間形成を分析することで作品全体を鳥瞰する試み──。青木幸美氏による長編評論『〈時間〉の痕跡─プルースト『失われた時を求めて』全7篇をたどる』上下・全2巻が発売中です。
〈時間〉の痕跡 ─プルースト『失われた時を求めて』全7篇をたどる─
青木幸美/著
1986年大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程単位取得退学。
フランス文学研究
(上巻)A5判上製480頁 定価:本体4500円+税 ISBN978-4-7845-1914-9 C0030
(下巻)A5判上製562頁 定価:本体4700円+税 ISBN978-4-7845-1915-6 C0030
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上巻 主要目次 序章──テクスト区分とクロノロジー 第1章──不眠の夜 第2章──コンブレーの時代 第3章──スワンの恋 第4章──土地の名の夢想、パリのスワンのほう 第5章──バルベックⅠ
【上巻 解説】
マルセル・プルースト(1871-1922)は、パリ・コミューンの直後にパリ郊外に生まれ、最後の社交界人の一人であった。父は小市民階級出身の著名な医師、母は裕福なユダヤ系金融業者の娘である。同性愛者であり、マザコンであり、生涯喘息に悩まされた。
『失われた時を求めて』(1913-1927)は、主人公であり語り手でもある「私」の人生と恋愛の遍歴を複雑な時間構成でたどり、無意志的記憶の喚起によって意識の深層に光をあてた作品で、小説の概念に新たな局面をもたらした。ある冬の日、紅茶にひたしたマドレーヌを口に含むと、一挙に、コンブレーで過ごした少年の日々がよみがえる。これが有名な無意志的記憶による「無意識的想起」である。主人公は、過去の感覚がよみがえる喜びの瞬間に、なぜ、時間の秩序から解放され、死をも恐れなくなるのか、その意味が分からず、その探求にとりかかることができずに無為のうちに日々を過ごす。そして長い年月を経た後に、唯一の方法は芸術作品をつくることだと啓示を受け、自らの「内面の物語」を書きはじめる。
本書『〈時間〉の痕跡』は、作中の〈時間〉の痕跡をたどりながら、具体的に時間形成と意味形成を分析してクロノロジー(年代記)を作成する。『失われた時を求めて』は1880年生まれの一文学青年の精神史を描きだしたものであるが、なぜ、プルーストは主人公を自らより10歳ほど若く設定したのであろうか? 本書は、その意味を明らかにしつつ、愛や芸術といったテーマ別に作品分析を行うのではなく、全7篇の文脈をていねいにたどることで複雑に絡み合った〈時間〉の構造を解きほぐしていく。と同時に、それが著者マルセル・プルーストの〈時間〉との闘いの軌跡でもあることを示す。なぜこの作品が文学のみならず、歴史的、社会的にも、19世紀と20世紀、近代と現代とを架橋するものとなっているのか、プルーストの〈時間〉との闘いのありようを解明する。
下巻 主要目次 第6章──パリのゲルマントのほう 第7章──バルベックⅡ 第8章──アルベルチーヌの物語 第9章──シャルリュス氏の物語:1916年パリにもどって5日目の夜 第10章──ゲルマント大公夫人邸のマチネの日、語り手の現在への移行期 終章 参照文献 人名索引 あとがき
【下巻 解説】
下巻は、『失われた時を求めて』第三篇『ゲルマントのほう』から第七篇『見出された時』にいたる時間形成と意味形成を分析する。クロノロジー(年代記)は1919年の「ゲルマント大公夫人邸でのマチネ」と1926年のシャルリュス氏の死をもって完結することになる。本書がおこなった「時間のかたち」および「ミモロジック(言葉の夢想)」と「解釈の可能性」の分析は、おそらくは本邦初の試みであると思われる。じっさい第三篇から第七篇にいたる5篇をとおした詳しいテクスト分析そのものが、これまでほとんどなされていない。それゆえ、この下巻で提示した方法はこれまでに前例のない独自の挑戦である。
本巻は、時間の痕跡をたどる具体的な分析によって、とくに、マルセル・プルーストの「イロニーの精神」とそのあらわれである『失われた時を求めて』における「遊びの美学」を追究する。これまでの通説では、主人公の「私」と語り手の「私」との距離は物語が進むにつれて縮まってゆき、最終的に融合して円環をかたちづくると言われてきた。けれども本書の解釈では、語り手の「私」は主人公の「私」を〈時間〉のなかに置きざりにしてしまうのである。そこにプルーストの時間との最後の闘いが賭けられているように思われる。
この意味において、本書はまさに、シュピッツァー、クルツィウス、ヤウス、リクール、アウエルバッハ、エリアーデ、ジュネット、ヒューストン、ブランショ、レヴィナス、ベケット、デコンブ、デュクロ、プーレ、ジャンケレヴィッチ、バルト、クリステヴァ、ランシエール、ローティや、多くのプルースト研究家たちによる、強靭な洞察と読解をふまえながらも、そこから誰も試みなかった〈時間〉のフロンティアを求めて、さらにあらたな一歩を踏み出す企てである。
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