|叢書・いのちの民俗学3|  生死 看取りと臨終の民俗/ゆらぐ伝統的生命観 板橋春夫/著

先立つ人から教わる「死」の現実。生死をくり返し歴史はつくられてきたはずだが─。民俗の実例をたぐりよせ“死の学習”へ誘う。

第1部 いのちの人生儀礼

生死のこと/『徒然草』にみる生死/いのち観と人生儀礼

第2部 身体と霊魂の民俗

名前と人生/霊魂と箸の伝承/夜の民俗/長寿民俗にみる老人観

第3部 看取りと死の民俗

病気をめぐる民俗/看取りと臨終/死の儀礼/伝統的葬送習俗

コラム ヒノエウマ俗信撲滅へ孤軍奮闘/死者に吹きかける酒/ジャンボンまわりは時計まわり

★用語索引付き


エッセンス


【第1部 いのちの人生儀礼】
現代医学が高度に発達しても、人間の生命の不思議にはかなわない。その考えは手塚治虫『ブラック・ジャック』に一貫する思想である。第1章「生死のこと」は、用語の定義を紹介した。
第2章「徒然草にみる生死」は、吉田兼好『徒然草』をテキストに大人の人生哲学書として読み込んだ成果である。『徒然草』は高等学校の古典で習ったが、私の先生は文法が好きで、教科書は数段しか終わらなかった。三十代の公民館勤務時代に古典講座で『徒然草』を取り上げる機会があり、講師の魅力的な指導も手伝って全段を読む機会を得た。そして今回、生死の問題を考えるにあたって関連する段落を読み直した結果、私自身の「いのち」に関する民俗学的視点が深まるという貴重な体験をした。
第3章「いのち観と人生儀礼」は、論文調の書き方をした。そこでは循環的生命観から直線的生命観(連鎖的生命観とでもいうべきか)へ移行しつつあること、それに伴って家から個人へという生死観モデルの組み替えが必要であることを主張している。

【第2部 身体と霊魂の民俗】
私は人が生まれてから死ぬまでの習俗や儀礼に関する研究を志しているが、可能な限り霊魂観によらない視点からの研究を模索してきた。しかし気が付くと霊魂観という大きな手のひらの上にいることが多い。まるで孫悟空がお釈迦様の手のひらの上で動き回っているような感じである。
第1章「名前と人生」は、現在の読みにくい名前の存在に注意しながら、現代的な課題も視野に入れた命名の民俗を取り上げた。第2章「霊魂と箸の伝承」で取り上げた箸やチャブダイなどは生活に密着したテーマであり、霊魂を感じさせる生活文化の事象である。第3章「夜の民俗」は、私自身は会心の作と位置づけ愛着のある論考である。夜の民俗も実は霊魂観に支配されていたのである。第4章「長寿民俗にみる老人観」は、沖縄のトーカチ祝いとカジマヤー祝いを紹介しながら、民俗的な老いの一面を分析した。長寿は必ずしも目出度いものではなく、排除の思考が垣間見られることを指摘しているのがユニークな視点であろう。

【第3部 看取りと死の民俗】
第1章「病気をめぐる民俗」では、病気観を考えながら「病気見舞の本義」と「縁起を担ぐ退院日」に注目した。私たちは太陽暦を用いながら、一方で旧暦と呼ぶ古い暦も享受している。そのために仏滅大安などの六曜は江戸時代には取るに足らないものであったが、旧暦から新暦に変わったことで六曜にゲーム性が生まれた。それが今も私たちの生活を支配し、手帳やカレンダーで大安や友引などをチェックする人は少なくない。私たちは近代的生活のかたわらで何気ない俗信に振りまわされて生きている。それが医療にも大きな影響を与えており、民俗学が医療分野で活躍すべき点が多いことを再認識した。
第2章「看取りと臨終」は、民俗学分野では類例の少ないレポートであったが、現在は時代の要請もあり、介護と老人の問題に関心を持つ研究者も増えた。
第3章「死の儀礼」は、話題性のある散骨や墓じまいなどにも言及しているが、第4章「伝統的葬送習俗」の詳細な聞き書きデータと併せて読むことをお薦めしたい。


四六判並製272頁 定価=本体1900円+税 ISBN978-4-7845-1701-5


|紹介|評者・鈴木英恵 病理観を考える最適な1冊『生死(いきしに)』板橋春夫/著


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投稿者: 社会評論社 サイト

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